学士様の監視


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名古屋への思い

ハヤシもあるでよぉ♪
 名古屋にはあまりいい思い出がないようですね。

名古屋式モーニング、東京に見参(朝日新聞) - goo ニュースについて.

 にゃごやと言うと,よそ者にとってはCMの,南利明氏の名古屋弁の「オリエンタル・スナックカレー」が一発目に思い出される.上の画像は 株式会社オリエンタル から拝借してきた,幻の「オリエンタル・マース・ハヤシ」のレトルト版です.恐らく東海圏でしか入手できないのじゃないかな.南氏が言ってた「ハヤシもあるでよぉ」というのは,これの粉末版「オリエンタル・ハヤシ・ド・ビー」のレトルト版(上の写真)のことらしい.こっちの方が欧州の発音に近いけど,「ハヤシカレー」「ハヤシライス」が先に普及したせいで割を食ってしまったという話を関係者から聞いたことがある.

 オリエンタル・ハヤシ・ド・ビーの粉末版
 ↑ http://www.oriental-curry.co.jp/products/standard/pr_standard_010.html より拝借

 名古屋の朝は早い.東京と同じく,朝早くから名鉄などの通勤電車が動いている.そして職場の近くの喫茶店には,必ずテーブルの数だけの「中日新聞」と「東京中日スポーツ」が置かれていて (朝日新聞関係者の話だと,愛知県での新聞のシェアは中日8割,朝日と毎日が1割ずつで,しかも夕刊はほとんど売れないんだそうな),工場へ向かう独身労働者たちが新聞を読みながら,名古屋式豪華モーニングを食べている.そして,そのほとんどが定時,残業をしてもきちんと夕食時には帰っていく.しかし,独身の労働者たちはそのあと何もすることがない.だから,会社からあてがわれた(買わされた)安物のトヨタの車で郊外の巨大パチンコ屋へ繰り出すくらいしか楽しみがないのだ.家庭を持って高層の市営住宅などに住み始めても,その生活スタイルは変わらない.朝に父親と子供の接点がないという所は首都圏と非常に良く似ている.
 名古屋で東京中日スポーツを手に入れるのは難しいと思う。
 名古屋に滞在していて気付くのは,上に書いたように,港区や南区などの工業地帯でも二交代や三交代で操業している工場が皆無だということである.それは同時に,終電が早いということとも通じる.名古屋一の繁華街「栄」でも 10:00p.m. で地下街はロックアウト,警察官や警備員によってホームレスもたむろする若者も蹴散らされてしまい,その後電車やバスも最終が出てしまう.だから,名古屋の都心は無気味なほど静かだ.これを「管理社会」と言わずに何と言おうか.
 終電が早いか? 仮に早かったとして深夜勤務とは関係ないと思うのだが。
#ちょっと補足しておくと,トヨタの自動車工場は「トヨタカレンダー」で24時間操業をしている.これには理由がある.実は夜間に働いている労働者に,日系人が多いためなのだ.トヨタが南米に工場を作り,日系人を集めてトヨタの工員としての訓練をする.同時に名大・南山大でポルトガル語・スペイン語・社会人類学を専攻した学生を「日本語教師」として雇用し,南米や豊田市の工場で日本語を教えたり通訳をさせたりする.そして,優秀な日系人の工員がトヨタの工場へ来日し,日夜働いて,故郷へ送金しているという裏事情がある.
 トヨタカレンダーというのがあるのは知っているが、これはずっと昔からだし日系人が増えたこととは関係ない。無茶苦茶なこじつけですな。
 さらに不景気がホームレスの増加を追い撃ちする.旅行者は何の気なしに「名古屋はホームレスが多い,怖い」と差別用語を平気で述べたりするけど,これは名古屋周辺の産業構造を知らないせいだ.最初に掲げた中卒の「金の卵」たちが建設・土木関係の仕事に就いたとき,そこには地獄が待っている.高速道路・鉄道の高架化・地下鉄の建設・愛知万博・名駅高島屋の建設などで表向きには名古屋は東京以上の近代化を成し遂げた.しかし,これらの仕事は常に続いているわけではない.公共事業というのは,失業対策としてちまちまと「お上」がお与えになるものであって,その構造は徳川時代からちっとも変わっていない.特に愛知万博の建設においては大量の労働力を必要としたので,県外からも大量の労働者が集まってきた.しかし,いざ完成してみれば,労働者は即,失業者と変わる.当然ハロワに仕事なんてあるはずがない.結局,地下鉄東山線の終点の藤ヶ丘駅 (リニモの始発駅) 周辺は愛知万博の犠牲者たちで溢れかえることになる.その表面だけを見て,ホームレスは怖いと言っている人は余程の無知か社会に関心がないバカだと言える.地下鉄藤ヶ丘駅とリニモ藤ヶ丘駅が直接繋がっていないことで,その偏見はさらに増幅されてしまう.
 偏見を増幅しているのは学士様だけでしょう。
 個人的な意見だが,愛知県の「管理教育」の諸悪の根元は「愛知教育大学」がど田舎に作られたせいではないかと私は見ている.教育学部や文科系の大学は街中に作るべきだ.そして子供たちや一般社会の人と人間的なつきあいを学び,社会で役立つ人間になることが第一に挙げられよう.下宿や寮と大学を往復して,触れ合う子供は附属のませた優等生だけともなれば,かつてのオール5だった少年少女はそのままオール5の子供たちと触れ合い,優等生のプライドを背負ったまま「先生」(あえて「教師」とは言わない.「師」たる教養がないからだ)になって,社会経験がほとんどないまま,センセセンセともてはやされる.

 確かに田舎にあるけど、教育実習は県内のあちこちの小中学校に行ってやりますから。付属だけでは対応できません。
 また,これは愛知県在住者から聞いた話なので本当かどうか分からないけど,愛知県では小1~中3の間に一度でも通信簿に「1」がついた子は高校受験をさせてもらえないというジンクスがあるそうな.実際,金山駅前には中卒専門の専修学校が居並び,若者相手の喫茶店やゲーム店が並び,若者たちがたむろしている.彼ら全員がそうとは限らないけど,やはり年齢不相応な格好をしているところを見ると,定時制高校生か専修学校をサボって遊んでるような風景が金山駅周辺には日常的に見られる.結局,彼らが将来的には「良質の肉体労働者」つまり「金の卵」として企業へ吸い取られ,朝のモーニングだけが楽しみという生活に陥ってしまうのだろうかと考えたことがある.なぜなら,夜には暴走族になる以外に遊び場がないからだ.
 
 現実社会と隔離されたアタマでっかちの「センセ」と,学校を拒否する「劣等生」の純粋な生徒との意識の格差はこれからも続くのではないだろうか.ましてや,他の地方の田舎に作られた教育学部も同様である.私は小学生の時,入院してた市立病院へ来てはゲームを教えてくれたり遊んでくれた(その頃は「学芸学部」と言ってた)学生たちのことを覚えている.児童文化研究会とか言うサークルなんだそうだ.平日に来てくれた学生はきっと講義をさぼって来たのだろう.恐らく,良い先生になったに違いない.当時は数列と積分に凝っていて,適当な紙に思いつくまま数式を並べてみると,ボクは文系だから大学に入ったら忘れちゃったよと正直に答えてくれたのがうれしかった.

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by 45plus | 2007-08-31 05:21 | kaetzchen